左 行秀(さの ゆきひで、1813年12月17日(文化10年11月25日) - 1887年(明治20年)3月5日)は、日本の江戸時代末期の刀鍛冶。新々刀の名匠。土佐正宗の異名を持つ幕末の土佐藩を代表する名工。作刀期は1840年(天保11年)~1870年(明治3年)。士族。 文化10年11月25日(1813年12月17日)、伊藤五佐衛門の次男として、筑前国上座郡朝倉星丸村(現・福岡県朝倉市)に生まれる。次男であったため、伊藤姓ではなく母方の伯父の姓である豊永氏を名乗った。諱は「信国」のち「行秀」、字は初め「久兵衛」と称し土佐藩召抱ののち「久左衛門」と改める。号は「東虎」。遠祖は南北朝時代の筑前左文字派の刀工で、自ら「左文字三十九代末孫」と称した。
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