阿波 研造(あわ けんぞう、1880年4月4日 - 1939年3月1日)は、日本の弓術家。弓聖と称えられる。 宮城県桃生郡大川村(現在の石巻市)に、麹屋を営む佐藤家の長男として生まれる。小学校卒業後、18歳で漢学の私塾を開き、20歳で石巻の麹屋・阿波家の入り婿となり、家督を継ぐ。21歳で石巻の旧藩士で堂射系の日置流雪荷派の木村辰五郎時隆に師事して弓術を始める。2年ほどで木村に免許皆伝を受け、23歳で自宅近くに自身の道場を開設、30歳のとき、仙台に出て道場を開く。1910年、木村時隆に代わり、第二高等学校の弓道師範を勤める。このころは的中を重視した弓を指導していた。 1913年、東大弓術部師範の本多利實に師事し、日置流尾州竹林派弓術を伝授される(竹林派の流祖は僧侶であったことから、この派の教えには仏教の影響が色濃い)。
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