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木村敏 (宮城県教員)

きむら とし
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木村 敏(きむら とし、1850年(嘉永3年)5月18日 - 1908年(明治41年)3月2日。)は、明治時代の日本の教育者である。子訥、斉治と名乗り、北村と号した。小学校教員のかたわら仙台師範学校校長をつとめるなど、宮城県で初等教育の確立・充実に尽力した。 仙台藩士・木村景直の長男として、嘉永3年(1850年)5月18日に、木村家の領地である陸奥国桃生郡北村で生まれた。現在の宮城県石巻市北村である。弟が二人いて、木村剛は海軍の軍人、木村匡は台湾総督府の役人になった。妻にたびたび先立たれて4度結婚し、最初の妻との間に力という息子を儲けた。 慶応4年(1868年)、19歳のとき戊辰戦争に従軍し、白河口で戦った。

出典:ウィキペディア「木村敏 (宮城県教員)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋