尾崎 行雄(おざき ゆきお、1944年9月11日 - 2013年6月13日)は、大阪府泉大津市出身のプロ野球選手(投手)。 同姓の政治家である尾崎行雄にあやかって同じ名を付けられた。元々左利きだったが、小学5年生の時に父親の命令により(あるいは左投げ用のグローブが入手困難で右投げ用のものしか持っていなかったためともされる)右投げに転じた。右投げから左投げへの転向はよくあるが、左投げから右投げに転向は珍しい事例だった。しかし、尾崎の握力は右80㎏、左65㎏であったことから、のちの速球はこの転向によって生まれたとする向きもある。 泉大津市立第二中学校を卒業し、浪商高等学校に進学。浪商で尾崎の1学年下の後輩となる高田繁は中学時代にも練習試合で対戦しており、当時から尾崎はとんでもない球を投げていたと振り返っている。
出典:ウィキペディア「尾崎行雄 (野球)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
