長谷場 純孝(はせば すみたか、1854年4月27日〈嘉永7年/安政元年4月1日〉- 1914年〈大正3年〉3月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(11期)、衆議院議長(第14代・第17代)、文部大臣(第22代)を歴任。 薩摩国串木野郷(後に鹿児島県日置郡串木野村、串木野町、串木野市を経ていちき串木野市)上名の麓集落(現:いちき串木野市麓)に生まれる。父は鹿児島藩の郷士。1869年(明治2年)、薩摩藩校造士館の学寮に入り学ぶ。 1871年(明治4年)に東京に上京し西郷隆盛、川路利良の知遇を受ける。1872年(明治5年)、警視庁の羅卒(巡査)となり、翌年権少警部、少警部に進む。1874年(明治7年)、依願退官し鹿児島県に帰り、鹿児島県教授に任じられる。
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