浪花崎 信蔵(なにわざき のぶぞう、1871年9月?(明治4年8月)ー ?) は、明治時代の大相撲力士。本名は平野信蔵か。引退後は若者頭を務めた。175cm、85kg前後。 大阪府摂津国島下郡畑田村(のち大阪府島下郡春日村→三島郡春日村、現在の茨木市)生まれ。19歳で大坂相撲に入門し幕下まで進むが、1893年東京相撲に移籍。高砂部屋に入り、1894年1月幕下付け出しで初土俵となる。 1900年5月新十両。1907年5月まで十両を連続15場所務め、十両筆頭まで進むも入幕はできず。1912年1月場所をもって力士を引退し、翌1912年5月場所より二十山部屋所属で若者頭となる。 1927年10月場所を最後に相撲協会を退職。
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