吉野 せい(よしの せい、1899年〈明治32年〉4月15日 - 1977年〈昭和52年〉11月4日)は、日本の文筆家。 福島県石城郡小名浜町(現・福島県いわき市)に生まれる。旧姓は若松。少女時代から文学に親しみ、雑誌や新聞に短歌や短編を投稿する。尋常高等小学校高等科を卒業後、独学で小学校准教員検定に合格し、1916年から2年ほど小学校に勤務する。このころ平で牧師をしていた山村暮鳥に出会い、文学の指導などを受ける。また鹿島村(現・いわき市鹿島町)の八代義定の書斎「静観室」に通い多くの書を読む。 1921年(大正10年)3月、詩人の三野混沌(本名:吉野義也)と結婚、原稿や日記をすべて焼いて、好間村(現・いわき市好間町)北好間の菊竹山で開墾生活に入る。
出典:ウィキペディア「吉野せい」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
