中嶋 勝一(なかしま かついち、1892年(明治25年)9月23日 - 1965年(昭和40年)9月27日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。衆議院議員。中島と表記する事例がある。 山口県玖珂郡川越村(周東町を経て現岩国市周東町)で、中嶋佐吉の長男として生まれる。小学校を卒業した。 下関唐戸乾物商業組合理事、日満大豆製粉工業取締役社長、中嶋重石鉱業取締役社長、日満食品工業取締役社長、仁田鉱山取締役などを務めた。 政界では、下関市会議員に選出され、同副議長も務めた。1947年(昭和22年)4月の第23回衆議院議員総選挙で山口県第2区から民主党公認で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。この間、民主党山口県支部長などを務めた。
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