長野 綱良(ながの つなよし、1879年(明治12年)1月8日 - 1950年(昭和25年)7月29日)は、昭和期の農業経営者、実業家、政治家。衆議院議員、大分県大野郡戸上村長。 大分県大野郡、のちの戸上村(犬飼町、野津町戸上を経て現臼杵市)で、長野音五郎の長男として生まれる。野津高等小学校、臼杵の久保塾で学んだ。農業を営む。 戸上村会議員、同村長を務める。1915年(大正4年)大分県会議員に選出され、政治活動を本格的に開始。憲政会大分県支部常任理事、同幹事長を務め、同党の解散後、立憲民政党に加わり同党大分県支部幹事長となる。 1930年(昭和5年)2月、第17回衆議院議員総選挙(大分県第1区、立憲民政党公認)で初当選。
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