有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
飯

飯田憲二

いいだ けんじ
Wiki ↗

飯田 憲二(いいだ けんじ、1892年9月10日 - 1983年5月15日)は、日本の柔道家(講道館8段・大日本武徳会教士)。 通信教育と独学で柔道を学んだ後に海軍で本格的に柔道を稽古し、全日本選士権大会や講道館の月次試合、春秋紅白試合等に出場・活躍した。また、少年柔道の普及と振興に腐心して全日本柔道少年団の発足に尽力し、今日の青少年柔道の発展に大きく貢献した事でも知られる。 1892年、北海道浦河郡浦河町の専業農家の家に生まれる。高等小学校を卒業後は笈を負っての上京を望んだが両親の反対で実現せず、代わりに、板垣退助を会長に据え野口清が主宰する帝國尚武會に入会。自宅の馬小屋を改造して小さな柔道場を作り、同会の通信講座を基に独学で柔道修行に励んだ。

出典:ウィキペディア「飯田憲二」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋