中島 又五郎(なかじま またごろう、1851年(嘉永4年12月)- 没年不詳)は、明治期の弁護士、政治家。衆議院議員(1期)、東京市会議長、東京弁護士会長。 越前国南条郡武生(福井県南条郡武生町、武生市を経て現越前市)で、福井藩越前府中領主本多家家臣・中島無二の二男として生まれる。1871年(明治4年)関義臣に随行して上京し、法律を修めた。 1877年(明治10年)3月、代言人試験に合格し、1878年(明治11年)8月、京橋区で法律事務所を開設した。1882年(明治15年)自由党に入党し、1883年(明治16年)福島事件で検挙された平島松尾の弁護人を務めた。また、東京代言人組合副会長、東京弁護士会長にも在任した。
出典:ウィキペディア「中島又五郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
