有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
嵐

嵐芳三郎 (4代目)

よだいめ あらし よしさぶろう
Wiki ↗

四代目 嵐 芳三郎(よだいめ あらし よしさぶろう、明治5年4月25日(1872年5月31日)- 大正元年(1912年)10月11日)は、明治時代に活躍した歌舞伎役者。屋号は豐島屋。俳名に橘丈。本名は寺田 市太郎(てらだ いちたろう)。 二代目嵐璃珏の孫として大阪島之内に生まれる。明治12年 (1879) 三代目嵐芳三郎(後の二代目市川権十郎)の門人となり、祖父がかつて名乗った二代目嵐市太郎を名乗る。四代目嵐芳三郎を襲名後、明治37年 (1904) 頃より東京の舞台にも出るようになり、宮戸座などの小芝居で活躍する。上方色濃厚な技巧派の芸風で、『夏祭浪花鑑』の團七、『桜鍔恨鮫鞘』の八郎兵衛などの上方世話狂言や、『伽羅先代萩』の政岡などの丸本時代物に秀でていた。

出典:ウィキペディア「嵐芳三郎 (4代目)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋

📅 5月31日生🎂 1872年生📍 大阪府大阪市出身💼 明治時代に活躍した歌舞伎役者