長山 弥一(ながやま やいち、1830年〈天保元年〉 - 1899年〈明治32年〉)は、日本の柔術家。 気楽流柔術師範や免許皆伝(14世)として知られた。 11世飯塚臥龍斎並びにその養子12世飯塚義高、その子、13世飯塚龍之輔興高から気楽流を学ぶ。上野国新田郡高根村(後の新田郡綿内村、現群馬県太田市新田大根町)生まれ。 1852年(嘉永5年)に義高帯刀に入門、その子・龍之介興高からも教授を受け、1861年(文久元年)免許皆伝。1864年(元治元年)、大根村領主であった加納遠江守の武練組役となる。1870年(明治3年)に帰農。 岡部正春、高山辰二郎らほか多数の門弟を育て、弟弟子にあたる飯塚猪早司義興に免許を授与ける。
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