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植竹喜四郎

うえたけ きしろう
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植竹 喜四郎(うえたけ きしろう、1884年〈明治17年〉1月17日 - 1963年〈昭和38年〉12月3日)は、日本の歌人(筆名・岸良雄)、実業家。下野鉄工、東野電力、植竹商業各取締役。 栃木県那須郡黒羽町大字黒羽向町(現・大田原市)の素封家・植竹三右衛門の三男。川西小学校卒業後、東京の日本中学校に入学したが、病気のため退学した。19歳、出家を志したが、両親に許可されず断念。 糠塚の植竹農場で、悶々の空白の歳月を過ごす。1911年に上京、神田佐久間町に文芸出版社の「植竹書院」を創設した。 大正時代の重要な文芸書シリーズ「現代傑作叢書」「現代代表作叢書」「文明叢書」「薔薇叢書」を刊行し、また広津和郎らの同人誌「奇蹟」の発行所となった。

出典:ウィキペディア「植竹喜四郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋