畑矢 敬治(はたや けいじ)は、日本の元アマチュア野球選手(捕手)。 平安高校では、3年生の時に、エースの門野利治とバッテリーを組み、1966年の春の選抜に捕手として出場。しかし、準々決勝で土佐高校に敗退する。同年の夏の選手権に出場し、準々決勝に進出するが、報徳学園高校に敗れた。 同年のドラフト会議で阪急ブレーブスから3位指名を受けたが、入団を拒否し、高校卒業後は京都大丸に入社した。 京都大丸では、エースの清水正輝とバッテリーを組み、都市対抗野球大会にも出場した。 引退後は定年まで社業に就き、母校の指導やグランド整備に携わっている。 昭和41年10月24日大分県佐伯市佐伯球場で天覧ホームランを打つ。
出典:ウィキペディア「畑矢敬治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
