太田 雄貴(おおた ゆうき、1985年11月25日 - )は、2000年代から2010年代にかけて活躍した日本のフェンシング選手(種目はフルーレ)。日本初のフェンシング銀メダリスト。公益社団法人日本フェンシング協会元会長。国際フェンシング連盟理事。IOC委員。滋賀県大津市出身。大津市立比叡平小学校、龍谷大学付属平安中学校・高等学校、同志社大学商学部卒業。現役当時は森永製菓所属だった。右利き。キレのあるアタックを特徴とする。妻は元TBSアナウンサーの笹川友里。 幼少時代は、滋賀県大津市比叡平にて過ごす。小学時代はスポ少「大津スキースポーツ少年団」にてスキーや陸上トレーニングなどで基礎体力を養う。高校時代にフェンシングをしていた父の勧めで小学3年生からフェンシングを始め、小、中学と共に全国大会を連覇している。
出典:ウィキペディア「太田雄貴」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
