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金鍔次兵衛

きんつば じひょうえ
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金鍔次兵衛(きんつば じひょうえ、慶長5年(1600年) - 寛永14年9月20日(1637年11月6日))は17世紀日本の聖アウグスチノ修道会司祭、カトリック教会の福者ペトロ岐部と187殉教者の1人。 金鍔次兵衛は肥前大村のキリシタンの両親の下に生まれ、父はレオ小右衛門、母はクララおきやといい、後に殉教者となる。洗礼名は「トマス」で姓名ははっきりしない。なお、「金鍔」という名は彼が長崎奉行所で役人に成りすましていた際にさしていた刀の金具である金鍔(きんつば)に由来する。6歳のころ、司祭を志し、有馬のセミナリヨ(キリシタン時代の神学校)で神学を学んだが徳川幕府による禁教令により、マカオに追放され引き継き勉学に励んだ。

出典:ウィキペディア「金鍔次兵衛」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋