楠本 章三郎(くすもと しょうざぶろう、1839年(天保10年) - 1906年(明治39年)12月30日)は、日本の剣術家(神道無念流)。楠本正隆実弟。 楠本章三郎は大村藩士である父楠本直右衛門と母フジの次男として天保10年(1839年)に生まれ。、実兄の正隆と共に文武の業を修めた。藩命で江戸に遊学。剣術は神道無念流練兵館に14歳で入門する。 練兵館では、若年であった章三郎はたいへん可愛がられた。齋藤篤信齋館長をはじめ、齋藤新太郎、章三郎より6歳年上の齋藤歓之助、そしてすでに塾長であった同郷の荘勇雄から大いに錬られていく。章三郎は、篤信齋館長から稲妻(突技)、軽強の霞返による変化躰数多種を伝授。
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