沢山 精八郎(澤山、さわやま せいはちろう、1855年12月11日(安政2年11月3日) - 1934年(昭和9年)3月21日)は、明治から昭和時代初期の政治家、実業家、銀行家。貴族院多額納税者議員。 肥前大村藩士・沢山熊右衛門の長男として生まれる。長崎広運館にて英学を修める。1899年(明治32年)家督を相続した。島原水電、沢山汽船、沢山兄弟商会、遠洋漁業、九州汽船各社長、長崎銀行頭取、長崎製鉄所取締役などを歴任した。ほか、長崎市名誉参事会員、同市会議員、長崎商業会議所副会頭などを務めた。 1925年(大正14年)長崎県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から1932年(昭和7年)9月28日まで在任した。
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