野口 能毅(のぐち のうき、万延元年8月17日(1860年10月1日) - 昭和15年(1940年)5月22日)は、日本の内務官僚、政治家。秋田市長や佐賀市長を務めた。 肥前国小城郡小城町(現在の佐賀県小城市)に小城藩剣道師範波多野信倚の子として生まれ、家老野口雲斎の養子となった。1880年(明治13年)に任官して、佐賀県警部、同警察署長、三重県警察署長などを務めた。さらに1899年(明治32年)から小城郡長、大分県警察部長、佐賀県警察部長、秋田県警察部長を歴任した。 1905年(明治38年)から1906年(明治39年)にかけて秋田市長を務め、その後、1912年(明治45年)から1931年(昭和6年)まで佐賀市長を5期務めた。
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