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八

八幡信太

やわた しんた
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八幡 信太(やわた しんた、1845年(弘化2年10月)- 1925年(大正14年)12月20日)は、幕末の村役人、明治から大正期の農業経営者・政治家。衆議院議員。旧名・信左衛門。 隠岐国穏地郡代村(島根県穏地郡代村、五箇村、隠岐郡五箇村を経て現隠岐の島町)で生れた。和漢学を修め、庄屋を務めた。農林業を営む。 1868年(慶応4年)隠岐騒動では、自治政府の総会所・撃剣頭取を務めた。その後、区戸長、代村戸長、大区副区長、島根県会議員(5期)、徴兵参事員などを務めた。また三等郵便局長に在任した。 1894年(明治27年)3月、第3回衆議院議員総選挙(島根県第6区、無所属)で当選し、湖月派に所属して衆議院議員に1期在任した。

出典:ウィキペディア「八幡信太」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋