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二宮 尊徳(にのみや そんとく)は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家である。自筆文書では金治郎(きんじろう)と署名している例が多いが、一般には「金次郎」と表記されることが多い。また、諱の「尊徳」は正確には「たかのり」と読むが、「そんとく」という読みで定着している。 経世済民を目指して報徳思想を唱え、報徳仕法と呼ばれる農村復興政策を指導した。 相模国足柄上郡栢山村(現在の神奈川県小田原市栢山())に、百姓二宮利右衛門 の長男として生まれる。母は曽我別所村・川久保太兵衛の娘・好(よし)。尊徳の弟には二宮三郎左衛門の養子・友吉(常五郎)と富治郎がいる。 尊徳は、まず堀之内村の中島弥三右衛門の娘・きの(キノ)を妻とするが、離縁。

出典:ウィキペディア「二宮尊徳」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋