河井 重高(かわい しげたか)は、日本の農家。通称は弥八郎(やはちろう)。 遠江国佐野郡上張村庄屋、掛川藩人夫隊宰領、などを歴任した。 遠江国出身の農家であり、佐野郡上張村の庄屋(名主)を務めていた。掛川城に侵入して減租を直訴したことから、義民としても知られている。異国船の来航に際しては、掛川藩の領民で結成された人夫隊の宰領に任じられ、沿岸警備にも貢献した。 1834年(旧暦天保5年)、遠江国佐野郡上張村にて生まれた。生家である河井家は富農であった。重高は掛川藩により庄屋に任じられ、村政を預ることになった。 安政年間になると、厳しい旱魃をはじめ、地震、台風、洪水、疫病など、さまざまな災害に見舞われるとともに、掛川藩の領内は凶作に陥った。
出典:ウィキペディア「河井重高」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
