初代 三橋 四郎次(みつはし しろうじ、1842年5月17日(天保13年4月8日)- 1923年(大正12年)12月25日)は、日本の篤農家、実業家、政治家。衆議院議員。 遠江国城東郡丹野村(のち静岡県小笠郡川野村、現菊川市)で、地主・里正、三橋四郎助の長男として生まれる。和漢学を修め、丹野村の里正となる。 明治維新後、浜松県第十五区戸長、第三大区十三小区長、兼学区取締、浜松県第十三番中学区内学区取締、静岡県会議員、同議長、同常置委員などを務めた。1898年3月、第5回衆議院議員総選挙に静岡県第四区から出馬して当選。さらに第6回総選挙でも再選され、憲政本党に所属して衆議院議員を連続二期務めた。 茶園の経営に尽力し、1890年、内国勧業博覧会に自家製の緑茶を出品し有功三等章を受章した。
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