田中 源太郎(たなか げんたろう、1859年1月12日〈安政5年12月9日〉- 1923年〈大正12年〉2月9日)は、日本の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員、大地主。埼玉県多額納税者。族籍は埼玉県平民。 武蔵国葛飾郡樋籠村(のち埼玉県北葛飾郡幸松村、現:春日部市)で、北葛飾郡有数の大地主であり、同郡随一の素封家・田中為次郎の長男として生まれる。家業の酒造業を継承した。 樋籠村戸長、八丁村連合戸長を歴任し、庄内古川改修などに尽力した。1911年(明治44年)、立憲政友会所属で埼玉県会議員に当選した。同年10月13日に就任した。1915年(大正4年)、県会議員に再選された。 1918年(大正7年)9月29日、貴族院多額納税者議員に任じられた。
出典:ウィキペディア「田中源太郎 (埼玉県の政治家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
