エドガートン・ハーバート・ノーマン (英語: Edgerton Herbert Norman 、1909年9月1日 - 1957年4月4日)は、カナダの外交官。日本史の歴史学者。日本生まれ。終戦直後に、日本通であるため、GHQにも影響を与えた。1956年に在エジプト・カナダ大使として、カイロに赴任し、スエズ動乱における国際連合緊急軍の派遣を成功に導くことに尽力し、和平に貢献した。ソ連のスパイの疑いをかけられ自殺した。 1909年、在日カナダ人宣教師のダニエル・ノーマンの子として現在の長野県軽井沢町で生まれた。父ダニエル(1864年 - 1941年)は1897年に来日し、1902年から長野市に住み、廃娼運動、禁酒運動に尽くしたが、ハーバート自身はシェリー酒を嗜みながら雑誌を読むタイプだった。
出典:ウィキペディア「エドガートン・ハーバート・ノーマン」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
