鳥ヶ峰 吉五郎(とりがみね きちごろう、1904年5月 - 没年不明)は、大正・昭和時代の大相撲力士。宮城野部屋所属。本名は天野 吉五郎(あまの よしごろう)。最高位は西十両2枚目。 現在の東京都北区出身。宮城野部屋に入門し、1921年1月場所、「鳥ヶ峰」の四股名で初土俵を踏む。1925年5月場所に十両昇進。1930年10月場所まで十両の地位を務めた。その後幕下に陥落し、1931年5月場所に十両に復帰したが、2場所続けて負け越し、1932年1月場所に再び幕下に陥落した。ところが、春秋園事件により、大量の幕内十両の脱退者が出たため、再び十両に上がることになった。再十両後は成績が振るわず、1933年1月場所、幕下に陥落した。
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