伊東 熊夫(いとう くまお、1850年1月22日(嘉永2年12月10日)- 1913年(大正2年)5月7日)は、明治時代の政治家・実業家・銀行家。新聞編集者。製茶業者。衆議院議員(1期)。 山城国綴喜郡上村(京都府綴喜郡普賢寺村 、田辺町を経て現京田辺市)で、庄屋、素封家・伊東喜蔵、チカの長男として生まれる。村塾で漢学を学び、その後は和漢の典籍を独学した。1868年(明治元年1月)に家督を相続。1876年(明治9年)ころ 沢辺正脩の田辺校に寄寓し、西川義延や喜多川孝経と共に地方民権や政治について議論を交わした。1878年(明治11年)儒者・山口正養を京都から招聘し田辺町に盍簪家塾を創立し、さらに1881年(明治14年)8月、三山木村に南山義塾を設立し、初代社長に就任した(1881年10月-1883年3月在任)。
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