大鳴門 灘右エ門(おおなると なだえもん、1887年10月5日 - 1942年7月12日)は、現在の滋賀県草津市出身で八角部屋、雷部屋に所属した大相撲力士。本名は川合 文治郎。3代八角。最高位は西関脇。178センチメートル、103キログラム。 尋常小学校を卒業後、実家の飲食店を手伝っていたが、巡業でやってきた東京相撲の関係者の目にとまり勧誘される。入門をめぐっては先代大鳴門の八角と、元横綱初代西ノ海の井筒の間で争いが起こったが、結局八角に入門する。 1902年5月場所、「司天龍」の四股名で初土俵。1908年5月場所で十両に昇進すると、4勝1敗1分4休、5勝1敗2分1預1休と続けて2場所で入幕を果たす。
出典:ウィキペディア「大鳴門灘右エ門 (1887年生)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
