大田 学(おおた まなぶ、1914年 - 2007年2月21日)は神奈川県横須賀市生まれ、鳥取県倉吉市余戸谷町で育ち、晩年は大阪府に在住した将棋の真剣師である。 倉吉信用金庫の第4代理事長を務めた父のもとに生まれる。 少年時代から軍人を志し、戦中は海軍航空隊・横須賀基地に所属した。終戦後に郷里に帰り、30歳をすぎた年齢から本格的に将棋を始めたという、異例なほど晩学の将棋指しだった。当時の棋力は現在のアマ初段ほどだったという。以降修行を続け、1948年 - 1950年には「アマチュア将棋名人戦」の鳥取県代表。その後は真剣師として全国を回り、「史上最強のアマ強豪」と呼ばれる平畑善介以外には、ひけを取ることがなかったという。
出典:ウィキペディア「大田学」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
