2代 石橋 徳次郎(いしばし とくじろう、1886年(明治19年)2月23日 - 1958年(昭和33年)8月19日)は、昭和時代前期の政治家、実業家。福岡県久留米市長。前名は重太郎。 先代・石橋徳次郎の長男として久留米城下荘島町に生まれる。家業の仕立て屋「しまや」をつぎ、弟正二郎とともに業容を拡大。1912年(大正元年)には「しまや足袋」の宣伝に九州初の自動車を使用して知名度を高めた。1918年(大正7年)「日本足袋株式会社」を発足、1922年(大正11年)貼付式ゴム底足袋、即ち、地下足袋を発明(1923年10月 実用新案登録番号第80594号)し発売。1936年(昭和11年)デパート旭屋(現.久留米井筒屋)を創立。
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