岡 幸三郎(おか こうざぶろう、1876年(明治9年)1月24日 - 1955年(昭和30年)11月23日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員、久留米市長。 三潴県三井郡通町(現福岡県久留米市通町)で、3代・岡茂平の三男として生まれる。父の死後、兄が事業に失敗して朝鮮に渡ったため、岡家の再興を志し、1924年(大正13年)母が死去すると直ぐに中国・青島に渡航して沈没船引揚業を営んだ。私財を蓄えて帰国し、久留米絣 (株) の支配人を経て絣問屋を設立した。その後、久留米商工会議所議員、久留米縞同業組合議長、久留米絣同業組合議長、地方森林会議員、福岡県教育会評議員、同県国防会参与、久留米絣工業組合連合会副理事長、久留米畜産組合長などを務めた。
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