太田 緑子(おおた みどりこ、1915年(大正4年)7月5日 - 2010年(平成22年)10月22日)は、日本の病院経営者。太田綜合病院の副理事長、夫の死後は理事長を経て名誉理事長を務めた。経営者として地域医療の充実、病院の発展に努める傍ら、福島県教育委員会委員長、福島県社会福祉協議会長、郡山国際フィルハーモニー協会副会長などを歴任して、地域の医療、社会福祉、教育、文化の発展に寄与し、福島県および郡山市の興隆のために尽くした。 1915年(大正4年)、福島県郡山町にて太田醫院を創業した医師の父三郎、母祥(さが)の七女として双子の妹薫子とともに生まれた。小学校を経て、安積高等女学校を卒業し、実践女子専門学校に進学し二年で中途退学した。
出典:ウィキペディア「太田緑子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
