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木下靜涯

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木下 静涯(きのした せいがい)明治20年(1887年5月16日) 昭和63年(1988年8月27日)は、大正から昭和時代にかけて主に日本統治時代の台湾で活動した日本人画家。本名は、木下源重郎。台展審査員、府展審査員を歴任。 長野県上伊那郡上割村(現駒ヶ根市)出身。中沢尋常小学校卒業後、代用教員となる。17歳で上京し村瀬玉田に入門した。1907年に兵役のため陸軍戸山学校に入隊したが、翌年胸膜炎を罹患し除隊となり、京都に移り竹内栖鳳に師事する。 1918年に「東京芝皓会」の友人と共に日本を出てインドや中国に向かう途中で立ち寄った台湾で友人が腸チフスに感染し一時的に滞留することになる。各地転々と写生に赴き、1921、1923、1925、1926年にはそれぞれ台北と新竹で絵画展を開く。

出典:ウィキペディア「木下靜涯」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋