松山 二三郎(まつやま にさぶろう、1881年10月10日 - 1991年4月3日)は男性長寿日本一であった石川県の男性。 寺子屋で学んだ後、家業の農業に従事。長男ら家族8人で暮らし、子7人、孫16人、ひ孫29人、やしゃご4人がいた。妻は1949年に亡くなった。耳が少し遠く、足腰は弱っていたが、103歳頃までは自宅から500メートル離れた畑にまで出かけ、毎日農作業に精を出していた。106歳頃から横になっていることが多くなった。 1990年3月6日、藤原喜一が109歳で亡くなったことにより、松山が108歳で長寿日本一の男性となる。 男性長寿日本一となった際「おかげさまで。みんなにかわいがられて」と何度もお礼を述べた。
出典:ウィキペディア「松山二三郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
