伊藤 啓介(いとう けいすけ、1922年(大正11年)- 没年不詳)は、日本の外交官、軍属、スパイ。 タイのシンゴラ領事館に外交官として赴任、現地で諜報活動を行う。太平洋戦争においてF機関に参加。インド国民軍の編成や戦後のインド独立に影響を与えた藤原岩市を補佐した。戦後、日本バングラデシュ協会事務局長。2008年時点で在命。 山形県酒田市生まれ。1938年、東亜経済調査局付属研究所こと大川塾の一期生として入学。1940年、同研究所卒業後、助手として採用。1941年8月、タイのシンゴラ領事館に赴任。開戦に備えるためスパイとなり、タイの田舎を回り兵要地理の視察を行う。伊藤の調査対象は飛行場の立地、滑走路の長さ、井戸の位置や道路の状況、シャム湾の気候、風の方角であった。
出典:ウィキペディア「伊藤啓介 (外交官)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
