佐藤 博(さとう ひろし、1951年5月12日 - )は、山形県酒田市出身の元プロ野球選手(投手)。 酒田商業高校では1969年の西奥羽大会県予選準々決勝に進出するが、酒田東高に敗退し、甲子園には届かなかった。日立製作所へ入社。1971年から都市対抗野球大会に3年連続出場。1973年は再試合も含め5連投、3連勝で準決勝に進出。この大会に優勝した日本鋼管に敗退するが好投手として注目を集めた。 1971年ドラフトで大洋ホエールズから4位指名を受けた。大洋ファンだった佐藤は入団を希望したが、同時に同僚の渡辺孝博もドラフト指名を受け(ヤクルトアトムズ)、「一度に2人もエースが抜けられたら困る」と会社側に反対されたため、入団を拒否した。
出典:ウィキペディア「佐藤博 (野球)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
