中山 小四郎(なかやま こしろう、1861年4月19日(文久元年3月10日)- 1928年(昭和3年)5月7日)は、明治期から昭和初期の林業家、政治家。衆議院議員、新潟県佐渡郡河原田町長。1914年(大正3年)五兵衛に改名した。 佐渡国雑太郡川原田町(新潟県佐渡郡河原田町、佐和田町を経て現佐渡市河原田本町)で、代々酒造業を営む中山家当主・中山五平の三男として生まれる。中山立恭、圓山溟北から漢籍を学び、その後上京して共立学校(現開成中学校・高等学校)で学んだ。兄・五兵衛が本間吾平の養子となり、1890年(明治23年)5月に家督を相続した。 河原田町会議員、同町長を務めた。1890年(明治23年)米の高騰で相川町で米一揆が起こり、川原田町貧民救助基金に寄付を行った。
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