安井 理民(やすい はるたみ、安政6年3月3日(1859年4月5日) - 明治27年(1894年)2月16日)は、上総国(現在の千葉県)の成東下町(現・山武市)の人物。総武本線の前身である総武鉄道設立に尽力したことで知られる。 結城藩の休泊所(中宿)を営む安井家に生まれ、半蔵(はんぞう)と名付けられる。 1878年(明治11年)に20歳にして戸長となり、自らの屋敷を役場として政務を行う。 1886年(明治19年)に27歳にして鉄道計画に着手、150有余名の株主を募って総州鉄道を設立した。このとき名を理民に改める。 東京神田に総州鉄道創立事務所を設けて鉄道創設に尽力したものの、利根運河を優先する当時の千葉県知事 船越衛の反対にあった。
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