丹野 実(實、たんの みのる、1910年(明治43年)2月15日 - 1976年(昭和51年)7月2日)は、昭和期の漁業指導者、政治家。衆議院議員。 宮城県宮城郡塩竈町(現塩竈市)で、丹野富治郎の息子として生まれた 塩竃市漁業会長、宮城県水産評議員、同食糧品統制組合理事、同粉食協会常任理事、同社会事業協会顧問、同生活協同体連合会理事などを務めた。 政界では、塩竈市会議員、同参事会員を務めた。1946年(昭和21年)4月、第22回衆議院議員総選挙に宮城県全県区から無所属で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。この間、国民協同党政調会水産部長などを務めた。 その後、全国海苔増殖協会副会長、宮城県漁業協同組合会長、同県信用漁業協同組合連合会長、全国漁業協同組合連合会理事、関東北漁協連会長、大洋缶詰社長、日本ポゾラン会長、新東北化学社長などに在任した。
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