井上 彦左衛門(いのうえ ひこざえもん、1853年11月25日(嘉永6年10月25日) - 1929年(昭和4年)5月2日)は、明治から大正時代の政治家、銀行家。新聞経営者。大地主。衆議院議員(5期)。幼名は幾次郎。 先代の豪農・井上彦左衛門の長子として、駿河国有渡郡八幡村(安倍郡豊田村を経て現静岡市)に生まれ、1883年(明治16年)3月、家督を相続する。下総の遠藤良規に学ぶが水戸城焼失事件で疑われ投獄される。1873年(明治6年)釈放され帰郷し、1882年(明治15年)野崎銀行創立に参画し取締役兼支配人に就任する。1884年(明治17年)静岡県会議員に当選し1890年(明治23年)まで務めた。
出典:ウィキペディア「井上彦左衛門」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
