飯野 矢住代(いいの やすよ、1950年3月9日 - 1971年12月28日)は、日本のモデル、タレント、女優である。本名は飯野 裕代(読み同じ)。 1968年(昭和43年)のミス・ユニバース日本代表として知られるほか、ジャニーズ事務所として初めての女性タレントであったものの、21歳で死去した。なお、彼女はジャニーズ事務所出身のすべてのタレントの中で最初にこの世を去った人物である。 東京都文京区駒込に生まれる。1960年、渋谷区円山町に移る。 1965年3月31日、渋谷区内の中学校を卒業する。苦しい家計を考えて高校には進学しなかった。「何でもやってみよう、ぶつかってみよう(本人による)」とファッションモデルのアルバイトや作詞に手を染める。
出典:ウィキペディア「飯野矢住代」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
