藤島 信雄(ふじしま のぶお、1950年4月8日 - )は、秋田県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 高校時代は全くの無名選手であり、日本リーグ各チームからの勧誘もなかった。 そのため、日本鋼管へは集団就職で入社したが、入社前にサッカーの指導で秋田県に来ていた日本サッカー協会のスタッフの目に留まり、急遽日本ユース代表候補に選抜されたというエピソードを持つ。それを聞いた日本鋼管側が、藤島が入社すると慌ててサッカー部に入部させたという。 1970年代の日本を代表するMF。豊富な運動量で攻守の要として活躍した。1970年11月15日のユールゴーデンIF戦で日本代表として初出場した。日本鋼管、日本代表の双方で主将を務め、国際Aマッチ64試合に出場し、7得点を挙げた。
出典:ウィキペディア「藤島信雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
