生島 孝子(いくしま たかこ、1941年〈昭和16年〉6月14日 - )は、東京都出身の特定失踪者。特定失踪者問題調査会では「拉致濃厚」(1000番台リスト)としている。1972年(昭和47年)11月、東京都渋谷区にて失踪した。失踪当時、彼女は31歳であった。 1941年(昭和16年)6月14日生まれ。失踪当時は妹とともに渋谷区笹塚に居住し、港区役所支所の電話交換手の仕事をしていた。彼女は身長153センチメートルくらいで血液型はO型である。 1972年(昭和47年)11月1日、一日の年次休暇届けを出して勤務先を休んだ。その日の朝、出勤する同居の妹に「夕方に電話があったら出かける」と声をかけた。妹が夜に帰宅すると彼女は不在で、秋冬の衣類の入れ替えを行うなどの家事を済ませており、翌日出勤時に着用する自身の衣服一式が揃えてあった。
出典:ウィキペディア「生島孝子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
