伊藤 助太夫(いとう すけだゆう、天保元年(1830年) - 明治5年11月19日(1872年12月19日))は、幕末から明治にかけての下関の豪商。別名、九三(きゅうぞう)。 長府藩赤間関の大年寄であり、大名に宿舎を提供する東の本陣伊藤家の当主であった。諱は盛正、号は自然居士、静斎。 下関を代表する豪商であり、幕末の攘夷志士らを様々な側面から支援した。特に志士の代表とも言える坂本龍馬との関係は深いものであった。伊藤邸は慶応元年(1865年)の初対面以来、龍馬の止宿先であった。邸は広く、高杉晋作らが結成した奇兵隊も一時、邸内にある阿弥陀寺(赤間神宮)に本陣を移したこともある。 現存する龍馬が書いた手紙のうち、助太夫宛の手紙が2番目に多い(14通)ことからも龍馬との関係が深かったことが覗える。
出典:ウィキペディア「伊藤助太夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
