笠原 克太郎(かさはら こくたろう、1838年(天保9年11月) - 1898年(明治31年)11月7日)は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。 越後国頸城郡潟町村(のち新潟県中頸城郡潟町村→大潟町、現・上越市)生まれ。農業を営み、郷長、第七大区長、新潟県会議員、第百三十九国立銀行取締役となる。 1898年3月の第5回衆議院議員総選挙において新潟8区から立憲自由党公認で立候補して当選した。衆議院議員を1期務め、同年8月の第6回衆議院議員総選挙で憲政党から立候補して落選した。落選から間もない11月に死去した。
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