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吉

吉田定之助

よしだ さだのすけ
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吉田 定之助(よしだ さだのすけ、1857年10月1日(安政4年8月14日)- 1918年(大正7年)9月20日)は、明治から大正前期の実業家、政治家。衆議院議員、福島県会議長。 陸奥国岩瀬郡、のちの福島県岩瀬郡須賀川町(現須賀川市)で、吉田勝太郎の長男として生まれる。私塾で学んだ。 1889年(明治22年)2月、家督を相続し、以降、須賀川町会議員に8期在任。岩瀬郡会議員、福島県会議員、同議長、破産管財人、所得税調査委員なども務めた。1912年(明治45年)5月、第11回衆議院議員総選挙(福島県郡部、立憲政友会)で当選し、1915年(大正4年)3月の第12回総選挙(福島県郡部、立憲政友会)では次点で落選し、衆議院議員に1期在任した。

出典:ウィキペディア「吉田定之助」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋