尾澤 良甫(おざわ りょうほ、1826年5月14日〈旧暦文政9年4月8日〉- 1894年〈明治27年〉8月1日)は、日本の薬種商、政治家。旧姓は藤城(ふじしろ)。幼字は三次郎(さんじろう)。旧諱は良輔(りょうすけ)。 尾澤薬舗店主、東京市牛込区会議員などを歴任した。 武蔵国出身の薬種商である。薬種店を営む尾澤家の婿養子となるが、養父の早逝により辛酸を舐め、非常な苦労を経て家を再興した。1863年(旧暦文久3年)に麻疹が大流行すると、私財を投じて江戸の患者の治療に力を注いだ。調剤だけでなく医術の研鑽も積んでいたことから、江戸府内の民衆から「脈をとらせても当代一」と謳われた。明治維新後も引き続き薬種店を経営するとともに、さまざまな公職を歴任した。
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