3代 伊澤 平藏(いさわ / いざわ へいぞう、1838年(天保9年)12月 - 1911年(明治44年)3月19日)は、日本の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。旧姓・板橋。幼名・哲右衛門。衆議院議員、貴族院議員伊澤平左衛門の父。 陸奥国宮城郡笠神村(現・宮城県多賀城市)に生まれる。仙台に出て、醸造業伊澤平藏(2代目)の元で働き、平藏の娘を娶り婿養子となる。1889年(明治22年)仙台市が施行されると市会議員となる。同参事会員、宮城県会議員、仙台市長代理などを歴任する。この間、仙台商業会議所の議員を発足時(1891年)から務め、同副会頭(1899年)、同会頭(1904年)に就任した。 1906年(明治39年)に宮城県多額納税者として貴族院議員補欠選挙で互選され、同年9月29日から1908年(明治41年)7月2日まで務めた。
出典:ウィキペディア「伊澤平藏」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
