佐藤 富十郎(さとう とみじゅうろう、1861年11月21日(文久元年10月19日)- 1943年(昭和18年)8月16日)は、明治から昭和前期の養蚕家、林業家、政治家。衆議院議員。 陸奥国伊達郡、のちの福島県伊達郡小手川村(月舘町を経て現伊達市)で、佐藤長十郎の長男として生まれ、1882年(明治15年)11月に家督を相続した。漢学を修め、のち早稲田大学校外生として政治経済学を学ぶ。 養蚕について研鑽し、養蚕実修学舎を設立して指導に当たり、また各県に養蚕教師として出張した。長年、森林業に従事し、東洋木材を設立して社長に就任した。 政界では相馬郡中村町会議員に在任。相馬地方の開発に貢献した。1924年(大正13年)5月、 第15回衆議院議員総選挙(福島県第10区、憲政会公認)では、前2回落選の同情票で有力候補松本孫右衛門を破って当選し、その後、立憲民政党に所属して衆議院議員に1期在任した。
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